2016年04月27日

保母

まだ保育士が『 保母』という呼称の時代・・・

私が若かりし頃(?)初めて持たせてもらった加配児(支援児)さんが無眼球の子でした。

当時2歳児のAちゃん。
私の前の担当のB先生がキツくて若かりし当時はただただ“ 意地悪で言われてる”…としか思えなくて素直に助言も聞けなかったけど、その頃のB先生の年齢になった今、きっと危なかしい私を見てられなかったんだろうな・・・とも思える・・・。


それまでの私は “ 目は見えて普通” だと思ってたけど、
Aちゃんのお母さんに “ 見えないことはこの子にとっては普通のこと ”って言われた。
“ 不自由だけど不幸なことではないんです”って・・・。

とても素敵なお母さん。
御両親ともに国立大学卒のエリート(という言葉は使っていいのかわからないけど他に思いつく言葉が見つからない)なんだけど全然嫌な感じじゃなくて暖かいお2人でした。

だからAちゃんも優しくて『 ○○ せんせ(い)、あそぼ』って呼ばれるだけでホンワカしちゃう不思議なオーラのある子でした♡

お別れする時、お母さんに『 これからのこの子にとって(私と過ごした日々は)人格の1部となることでしょう・・・』とメッセージを頂きました。

でも、子どもの思い出なんて新しい記憶がどんどん積み重なっていってそのうち忘れていくもの・・・って思ってた。(それはそれでいいと思ってます…)
ましてや、私がAちゃんの “人格の1部を作るなんて“”… そんな大それたこと・・・って。


 何年か前、Aちゃんの、20歳のお誕生日にお手紙を書きました。
ずっと書きたかったけどきっと記憶に残ってないだろうなって思って躊躇してた。
でもやっぱり20歳のお祝いを伝えたくて。


しばらくしたらちょっと厚めの封筒が届きました。
中には点字のお手紙・・・。

先生(私)のことはお母さんがずっと話してくれてたから覚えてるよって。

でも・・・一緒にブランコ乗った時にお話した、私とAちゃんしか知らないことも覚えてくれてた!

すごい。2・3歳の頃に話した記憶。
私ですら忘れてたような記憶・・・。
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posted by ベテラン保育士 at 11:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする